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2018年2月18日説教

説教タイトル:弟子の足を洗うイエス
聖書箇所:ヨハネによる福音書13:1-11

論壇 国立との合同修養会
 来週国立聖書教会との合同修養会をいたします。昨年9月に予定していた合同修養会がわたしの体調不良のために行えなかったため、2月に行うことになりました。
 昨年10月に宗教改革500年を迎えるということもあり、聖書と信徒との関係について、40周年聖書論を用いて講演し、みなで協議することを考えていました。宗教改革については、『まじわり』2月号に「宗教改革500周年は通過点か?出発点か?」という題で書いたように、500周年をカトリックを含めた教派間の関係を考える機会ととらえるなら、いっそう重要な取り組みがこれからはじまると考えることができます。『まじわり』3月号に続きを書きましたが、カトリック教会も聖書を以前より重んじるようになっているので、今後は、教理によらず、聖書にもとづく教派間の議論がさかんになるかもしれません。そうなると、聖書にもとづくキリスト教のあり方が問い直されることになります。
 改めて聖書とはどのような書物であるのか、今も生ける神のことばであるとはどのような意味であるのかについて学ぶことがとても重要です。それゆえ、40周年聖書論を機会をとらえて読み、理解を深めていきたいと願います。
 教会とは神によって集められた信仰者からなるものである。これがプロテスタントの基本的な教会理解なのですから、信徒の聖書生活こそが教会の土台です。
開始時間は14時です。電車は、12時37分曙橋発に乗れば13時22分に谷保駅に着きます。12時42分発なら13時34分に谷保駅に着きます。国立聖書教会は国立市富士見台2-33-6 電話042-575-7641。谷保駅からの地図を掲示板に貼っておきます。
 なお、子どもの集会は予定していませんが、藤田長老は、すぐ近くに公園があるので、子どもの参加者を見て臨機応変にやりましょうと話しておられました。
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2018年2月11日説教

説教タイトル:わたしを信じる者
聖書箇所  :ヨハネによる福音書第12章36~50節



論 壇 聖書翻訳と工夫 (No,6)
今年中に日本聖書協会より新しい翻訳聖書『聖書 聖書協会共同訳』が刊行されることもあり、東京教会月報2月号から日本語翻訳聖書の略史を連載しています。
委員会訳聖書としては1880年(明治13年)に『新約全書』が発行されました。これが「明治元訳」と呼ばれます。同年に『引照 新約全書』も刊行されました。これが改訳されて1917年(大正6年)に『改訳新約聖書』が発行されます。この大正に出された改訳聖書が一般に「文語訳」と呼ばれるもので、今でも聖書協会から文語訳聖書として売られています。
1888年(明治21年)に『旧約全書』、1899年(明治32年)に『旧新約全書』が刊行されました。旧約の改訳は完成しませんでした。
宗教改革以来、プロテスタント教会は信徒に聖書を読むことを奨励してきました。同時に聖書の理解を助けるため、欄外中や引照、また地図その他の付録をつけるなどの工夫を行ってきました。
委員会は明治14年に『真片仮名新約全書』、『真ひらがな新約全書』、『老人用(大字)聖書』も発行しています。宣教師ヘボンは明治13年にローマ字聖書『shinyaku Seisho』を出版しています。
掲示板に貼ってあるのは、ホーリネス教会が明治42年に出版した『符標 新約聖書』(1993年復刻版)の一部です(拡大コピー)。新約の明治元訳に、絵文字ともいえる符標をつけて読者に注意を喚起し、聖書からキリスト教信仰を正しく読み取れるように工夫したものです。また、白黒コピーなので分かりませんが、符標が示す本文は赤字で印刷されています。「緒言」を書いたC.E.カウマンは、中田重治とともに日本でホーリネス教団を作った宣教師です。
明治元訳は漢字にすべてルビが振ってありますが、正式な本文はルビのほうです。すなわち、本文であるひらがなに漢字を当てたので、「道」ではなくルビ「ことば」が本文です(ヨハネ1:1)。


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2018年2月4日説教

説教タイトル:すべての人を招く
聖書箇所  :ヨハネによる福音書第12章27~36節



本日の論壇はございません。






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2018年1月28日説教

説教タイトル:一粒の麦が多くの実を結ぶ
聖書箇所:ヨハネによる福音書12:20-28

論壇 今年の課題について
 本日は会員総会を行って、昨年主からいただいた恵みを数えるとともに、今年の教会活動について確認いたします。
 昨年末の論壇にも書きましたが、主日礼拝に客員(他教会の会員で礼拝に出席する方)と求道者が増えてきました。今年の年報24頁の朝拝出席者の数を見ると、合わせて平均6人名になります。クリスマス祝会やイースター礼拝だけでなく教会学校の祝会にも来会者が多くなっています。そのような状況であることを感謝したいと思います。
 その一方で、執事会の人数が少なくなり、働きが少しずつですが変りつつあります。新任執事を選べないかと小会では協議していますが、現在のところそうなりません。どうか執事会のためにお祈りください。
 月報にも書きましたが、今年中に新共同訳聖書にかわる新しい翻訳聖書が日本聖書協会より出版されることを記念して、9月の東部中会信徒修養会では野島邦夫先生がこの新しい聖書に関する講演をします。午後には東京教会の責任で、聖書の個人解釈権についての学びをする予定です。そのこともあり、2月の国立との合同修養会では、聖書の個人解釈権について話そうと思っています。東京教会月報にも、聖書翻訳と解釈に関する連載を書く予定です。これらを、聖書についての理解を深める機会にしてください。何より新しい聖書が出版されたら、これを読むことに努めていただきたいと願います。
 一昨年あたりから、教会員の中に体調を崩す方や介護などにあたる方が多くなってきたように感じます。自然なことですが、年を重ねることで活動力と活動範囲もせまくなることをわたし自身自覚しはじめています。事情があって礼拝出席が難しい方も以前より増えています。もう少し教会全体と教会員一人ひとりを理解するようにしないといけないと反省しています。コミュニケーションに努めることをわたしの今年の課題にしたいと思います。
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2018年1月21日説教

説教タイトル:見よ、王がおいでになる
聖書箇所:ヨハネによる福音書12:12-29

論壇 昨年と今年の伝道
 毎年2月第4週に伝道協議会を行っていますが、今年は2月25日に国立聖書教会との合同修養会が予定されているため、伝道協議会を行うことができません。
 そのため、今月28日に行う会員総会の最後で協議会を行い、昨年の反省と今年の伝道について協議することにしました。先週の伝道委員会において、クリスマス時期にはCSを含めて新来会者、特に近隣の方たちの来会が多いことを確認しました。讃美礼拝に毎年来て下さる方がいます。また新聞折り込みよりも、業者に戸別配布(ポスティング)を依頼するのが効果的であるようです。これまでも、クリスマス時期に教会に来て洗礼を受ける、あるいは求道者となった方が目立ちます。クリスマス時期の伝道を続けるとともに、工夫をしていきたいと考えます。
 昨年は、CSのクリスマス祝会を17日に済ませ、24日に記念礼拝、愛餐会、讃美礼拝を行いました。準備が少し足りなかったとの反省がでましたが、愛餐会の片付けをすみやかに行えるようにテーブルに出すものを少なくしたことが功を奏したこと、讃美礼拝については、昨年のように飲食は無くてよいのではないかとの意見がありました。
 今年の伝道礼拝等の予定は次のとおりです。
3月11日から4月1日(イースター)まで伝道礼拝。
5月20日、ペンテコステ伝道礼拝。
12月2日~12月3日、クリスマス伝道礼拝。
 讃美礼拝については、12月23日に昨年のように記念礼拝、愛餐会、讃美礼拝を行うか、24日(月)に讃美礼拝を行うかについて、教会員の声も聞いて後日決めることにしました。讃美礼拝の準備をもう少し早くできないかとの意見もありました。
 求道者のためにどうかお祈りください。また、声をかけて下さることに感謝いたします。すぐに成果があらわれなくても、救われるように祈ることが何より大切です。
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2018年1月14日説教

説教タイトル:マリアのささげもの
聖書箇所:ヨハネによる福音書12:1-11

今週の論壇はございません。
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2018年1月7日説教

説教タイトル:見えないものに目を注ぐ
聖書箇所  :コリントの信徒への手紙Ⅱ第4章16節~5章10節

本日の論壇はございません。
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2017年12月31日説教

説教タイトル:一つの霊、一つの体
聖書箇所  :コリントの信徒への手紙Ⅰ第12章12~26節


本日の論壇はございません
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2017年12月24日説教

説教タイトル:救い主の誕生
聖書箇所:マタイによる福音書2:1-15

論壇 東方の学者たち
 マタイ福音書2章に記されているキリストの誕生物語に東方からやって来た学者が登場します。昔から3人の博士と言われるのは、赤子にささげた黄金、乳香、没新の3つに合わせたからです。共同訳は、星を見てやって来たということから「占星術の」とつけたのかもしれませんが、ただの学者あるいは博士です。
 「東の方から」とは、遠く東方からということであり、ユダヤ人ではなく旧約と無関係な異邦人であることを意味します。異邦人が生まれたばかりの救い主を拝みに来る姿は、キリストの救いが異邦人、すなわちすべての人に及び、キリストを礼拝するようになることを象徴的に示しています。
 学者は人間の最高の知恵を意味します。人の知恵である学者がみ子を伏し拝む姿は、人の知恵が神の知恵にかなわないことをあらわしています。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする」(Ⅰコリント1:18節以下)に通じます。
 「その方の星を見たので」は、星がみ子の誕生を指し示すほど、イエスの誕生の意味は大きいということです。キリストによる救いは、第二の天地創造といってよいほど、被造世界全体に及びます。「時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです」(エフェソ1:10)。
 学者がヘロデのもとを去ったとき、「東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた」(マタイ:9)とあります。星は東方で見たきりであったが、退出した後、再びあらわれたのです。ヘロデのところにわざわざ行かせ、旧約を開かせ、預言を確認させたということです。ヘロデの上に神がいることを示しています。支配者ヘロデの上に、人の上に神がおられることを忘れてはなりません。
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2017年12月17日説教

説教タイトル:共にいてくださる神
聖書箇所:マタイによる福音書1:18-25

論壇 イエスの誕生
 キリストの誕生物語は、マタイ福音書とルカ福音書に記されています。読み比べると、まったく違うできごとではないかと思えるほど二つは違っています。マタイは夫ヨセフに焦点をあて、ルカは妻マリアに焦点をあてているためです。また、二人は各々に起ったことを報告し合っていなかったように書かれていることが不思議です。
 けれども、重要な点では一致しています。①マリアが、まだ夫ヨセフを知らないまま、聖霊によってみ子を宿したこと、②この秘密が天使によって知らされたこと、③生まれる子の名前が神によってイエスと決められていたこと、④ベツレヘムで生まれたこと、⑤イエスの誕生が旧約聖書により預言されていた救いの実現であると教えられていること。これら一致により、二つの福音書が同じ神のみ子の誕生を描いていることは間違いありません。
 マタイ福音書は、生まれる子の名前をイエスとしているだけでなく、旧約聖書イザヤ書7:14「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」を引いて、インマヌエルとの呼び名を紹介しています。これは、神に信頼をおかないユダの王アハズに対し、神がユダを守ることのしるしとして「おとめが身ごもって男の子を産む」ことが起る、とイザヤをとおしてアハズに宣言した預言のことばです。
 神を信頼しないアハズ王と正しい人ヨセフではつり合いが悪いのですが、「神は我々とともにおられる」という旧約と共通する神の保護、助け、支えがイエスにおいて実現したことをマタイは強調しています。
 神のみ子がわたしたちとまったく同じ人間になってくださったこと、それによりわたしたちの救い主であるだけでなく、隣人であり友となってくださいました。イエスは、常にわたしたちと共にいてくださる神であり、救い主であり、まことの主です。
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