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2017年7月9日説教

説教タイトル:学問をおさめていないのに
聖書箇所:ヨハネによる福音書7:14-24

論壇 信仰義認Ⅲ
 ルーテル世界連盟とカトリック教会は「義認の教理に関する共同宣言」において一致しました。しかし、償いの思想、制度、実践において、両者に大きな違いがあることを先週書きました。この相違により、両者は別の宗教であるようにも見えてきます。
 「義認」という教理用語においても違いがあり、カトリックでは「義化」といいます。
その意味内容も違っています。ルーテル教会における「義認」とは、あたかも裁判の判決において無罪と宣告されるごとく、神によりわたしたちが義なる者とみなされるということです。この義認は、神が一方的にそう判決をくだすということですから、人間の側の自由な努力が入り込む余地はありません。
 カトリック教会における「義化」とは、神の義が与えられることで(義の注入)、生涯にわたり神の義にかなう者に変えられていくことです。プロテスタントが教える義認と聖化の区別をつけず、「義化」としているともいえます。この徐々に変えられていく過程において、人の努力すなわち功績が強く主張されます。
 ルーテル教会にとって、信仰義認は教会が建つか倒れるかを決める最重要の教理であり、「共同宣言」の冒頭には、ルターにとって「第一の主要な条項」、「他のすべてのキリスト教教理に対する指導者にして審判者」といえる教理であると明記されています。宗教改革時、この義認の教理でカトリック教会全体を否定したのですから。
 カトリック教会にとって、義化の教理はいくつかの大切な教理の一つであって、教会の死命を決するというものではありません。
 義認・義化の意味と位置づけは違っていても、両者が激しい憎悪と敵意をもって分裂する原因となった教理なのですから、この教理において一致したこと自体が画期的なことです。依然として違いがあることを互いに認めたうえでの共同宣言です。
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