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2017年7月23日説教

説教タイトル:渇いている人は来なさい
聖書箇所:ヨハネによる福音書7:37-52

論壇 中会ヤスクニ
 7/9に配布された「中会ヤスクニ」に私の名前をあげて批判する文章が載りました。重要な政治問題は宗教の問題として教会が判断し、教会員を指導するべきとの立場を取る著者からの、No.117にわたしが書いた文章への批判です。わたしは、政治的問題は教会員の自由な判断と責任にまかせるべきという立場です。
 今回の批判は筋が悪いと思います。その悪さは以下の点です。
 17世紀に書かれたウ告白原文における教会と国家の関係は、一国一教会を前提として書かれているので、他教派が存在する余地のない、相互依存の関係です。加えて、よりよきキリスト教国家の形成を目標としています。あの時代ですからしかたなし。
 それゆえ、他教派、他宗教、無神論などが共存し、国家の非宗教性を前提とする国(日本も)では、ウ告白に記された教会と国家の一体関係は通用しません。それで、この箇所(23:3)を改訂し、まだ合わず、30周年宣言で自分たちの宣言を作成しました。いくらウ告白であっても教会と国家の関係は普遍性を持ちえません。
 ウ告白における教会と国家の関係は普遍性を欠くとわたしが書いたことを、あの文章は強く非難していますが(5)、両者の関係について普遍性のある規定を作ることがそもそも無理なことです。
聖書時代、宗教改革時代、現代における国家制度はまったく違います。国民主権という考えさえ宗教改革時代にありません。また教会も時代とともに変化します。それゆえ、教会と国家の関係ほど変化の激しいテーマはありません。合法的戦争を記すウ告白23:2、謙虚な請願を記す31:5などは時代と場所の産物です。
 ウ信仰基準を採用するとは、改革派教理の体系として受入れることであり、歴史的制約のある文言をも受入れるわけでないことは繰り返し教えられてきました。
あの文章は、他教派、他宗教、無神論の共存と、非宗教国家という現代社会を考慮せず、ウ告白における教会と国家の関係を考察しているように思えます。

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