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2016年8月28日説教について

本日は今井先生が佐久伝道所へ出張のため、録音説教の配信はございません。
ご了承ください。

2016年8月21日説教

説教タイトル:キリストの支配
聖書箇所:ペトロの手紙Ⅰ3:13-22

論壇 牧師交代
 教師候補者管理並びに試験委員会主催の「東部中会教師候補者一日修養会」(9/5)の案内が届きました。掲示板。
 わたしが東部中会議長であったとき、中会の長老たちに、この修養会に出席して、東部中会所属の教師候補者と面識を持っていただきたいこと、特に定年による教師引退が間近な教会の長老は関心を持っていただきたいことをお願いしました。その理由のひとつに東部中会所属の教師候補者が神学校卒業後に他中会に赴任することが続いていたからです。
 また、教師引退や他教会への赴任によるなど、牧師交代はどの教会でも必ず起ることです。川杉安美先生は、昨年12月のクリスマス礼拝後に綱島教会小会に、草加伝道プロジェクトのために教会を辞したいと打ち明けました。長老たちにとっては驚きであり、12月27日の夕刻に臨時小会を開催し、東部中会伝道委員会代表者と協議することになりました。わたしも伝道委員会書記として出席しました。長老たちはよく理解して辞職を受入れてくださったのですが、その席でわたしが長老たちにお願いしたことは、このような時こそ長老の出番であり、教会員に対して、「何も心配することはありません。わたしたち長老を信頼してください」と語っていただきたいということでした。
 教会の長老(小会)は、牧師交代時に、教会員に説明するだけでなく、事実上後任者を呼ぶ算段もしなければなりません。そのためにも、改革派教会内にどのような教師がいるのか知らねばなりません。特に東部中会出身の教師候補者がその後教師としてどのような働きをしているか理解しておくことは必要です。
 稲田元秀長老は、大中会に出席する時には、後任者としてどうかという目をもって教師を見ていたそうです。わたしは羽生にいたときから『まじわり』委員会で稲田長老と一緒でしたが、そのような目でわたしをやはり見ていたとおっしゃっていました。

2016年8月14日説教について

本日、都合により説教が録音できておりませんでしたので、論壇のみ記載させていただきます。
申し訳ございません。

論壇 宗教と平和
 明日は15日、終戦記念日です。さまざまな立場で平和のために祈ることや集会がおこなわれるはずです。
 わたしたちはキリスト教信仰にもとづいて平和を考え、そのために祈ります。東京教会では、司会者が8月に限らず公同の祈りにおいて、為政者による正義と公正と真実な政治がおこなわれること、争いが静まり平和がおとずれることを祈っています。これは、週報に「公同の祈り」と記されているとおり、東京教会のためだけでなく、公同のため、すなわちすべての人のためのとりなしの祈りです。司会者に導かれて会衆全体がこのような祈りをささげることはとても大切です。また、天地を治めるまことの神に対する信仰に支えられた祈りです。
 今月発行の『まじわり』9月号に、「宗教と平和は相容れないもの」という一般的評価のあることが記されていました(3頁)。
宗教には、妥協は敗北であり、妥協するより死を選ぶ(殉教)という原理がどうしてもつきまといます。神との一致を妥協なく追究する原理です。一方で、世界の平和は、利害の対立する人間世界の中で、妥協することで利害を調整し、争わないですむ世界を目指す政治的努力をとおして実現します。妥協は政治そのものです。このように、宗教と政治的平和の関係は単純ではありません。
 宗教を悪用すれば平和を求める政治的努力をご破算にすることも可能です。信仰にもとづく良心的な平和への努力も、宗教的立場のちがいから理解されないことがあります。むかし、8月6日広島での平和記念式典に、他宗教の者と一緒に祈れないのだから参加すべきでないとの牧師の発言を聞いたこともあります。
 神と平和が相容れないということはありません。しかし、神の絶対を人がふりかざすなら危険です。人は決して神に代わることができないからです。祈ること、人の分をわきまえることが大切です。

2016年8月7日説教

説教タイトル:祝福を祈りなさい
聖書箇所:ペトロの手紙Ⅰ3:8-22

論壇 平和について考えるとき
8月6日 広島原爆記念日
8月9日 長崎原爆記念日
8月15日 終戦記念日
 8月は平和について考えるよい機会です。アメリカのオバマ大統領が平和記念公園を訪れたこともあり、公園と原爆資料館を訪れる外国人がふえているとのことです。
 戦争というと日本人の多くは第二次世界大戦のことが頭にうかぶのではないかと思いますが、アメリカ国民にとって戦争とはどの戦争をさすのでしょうか。第二次世界大戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、ソマリア、アフガン戦争、イラク戦争、テロとの戦い、他の紛争にも関わり、イスラエルなど戦争当事国支援、内戦支援も行ってきました。アメリカにとって戦争は過去ではなく現在のことだといえます。旧ソ連・ロシアはどうでしょうか。
 また、中東を中心とするISの問題は、各国でのテロや難民問題などEUそのものを危機に陥れかねない状況になっています。
 日本が関わる国境問題は、以前は北方四島のことでしたが、今では、竹島(独島)、尖閣諸島(魚釣島)も時に大きく報じられます。
 ひとむかし前と大きく変ったことは、イスターネットの普及により、遠い地域で起ったことが隣の町で起きているかのように世界中で見ることができるようになったことです。インターネットにより、情報の独占と操作が困難になった一方で、憎しみの連鎖も瞬時に世界に広がるようになりました。尖閣諸島問題では、相手国の激しい一面のみがクローズアップされていたように思えます。情報を整理して、ことを正しく判断する能力が求められています。
 世界を見渡すと、戦争は過去ではなく現在のことです。このような状況の中で日本はどうあるべきか、わたしたちはどうすべきか。平和について、各自が考える必要と責任があります。