So-net無料ブログ作成
検索選択

2017年1月29日説教

説教タイトル:永遠の命を得るために
聖書箇所:ヨハネによる福音書3:1-21

今週の論壇はございません。

2017年1月22日説教

説教タイトル:神のもとから来た教師
聖書箇所:ヨハネによる福音書3:1-15

論壇 新大統領誕生
 20日、アメリカ合衆国にトランプ新大統領が誕生し、その意味が新聞やテレビなどでさかんに論じられています。
 朝日新聞21日朝刊に、牧師による「米国つなぐ宗教性 危機」という評論が掲載されました。これは政治的判断ということを考えるうえで役立ちます。この点から評論を概略します。
 キリスト教福音派白人の8割がトランプ氏に投票したとの出口調査がある。福音派は伝統的に共和党支持だが、福音派がトランプ氏支持で固まっているわけではない。トランプ氏は3度結婚するなど、「乱暴な」人物であり、「理想のキリスト教国家をつくりたい」と願う福音派にとって本来受入れられない候補者であった。しかし、経済的な悲壮感がまさっていたこと、棄権することは米国民としてのアイデンティティーを否定することになるため、人工中絶否定という「いいところ」を見つけて投票した。苦悩と苦渋に満ちた投票行動であった。
 賛成と反対のどちらの判断材料もある。反対もしたいが、迷った末に賛成するということは、各人の判断によくあることです。実際の投票行動とは異なる内なる声を忘れるのではなく、その後の判断に生かしていくことが大切です。
 また、自信を持って判断することが好きな人もいます。しかし、政治的な善し悪しは、結果によって判断されるものであるゆえ、大統領選を含めて結論は簡単ではありません。人の判断は、時々の限定的な判断であって、絶対ということはありません。
 新大統領により、日本の政治・経済が振り回されること、それゆえ各人に難しい政治的判断が迫られることがあるかもしれません。個人において、社会において、また教会においても、異なる声をどれだけ生かしていけるかということが問われます。
 この評論には、宗教性による一致が危機に瀕していることへの憂いもにじんでいます。この点は慎重に考えるべきことです。

2017年1月15日説教

説教タイトル:神殿を三日で建て直す
聖書箇所:ヨハネによる福音書2:13-25

今週の論壇はございません。

2017年1月8日説教

説教タイトル:イエスの最初のしるし
聖書箇所 :ヨハネ福音書2:1~12


論 壇 昨年を振り返る (No,2)
昨年は最後の主日がクリスマス礼拝の25日であったため、論壇にて1年を振り返ることができませんでした。
昨年は改革派教会創立70周年記念信徒大会が開催されたことで、教派として新しい時代に入りました。特に東京教会にとって、東京教会を創立し、大会・中会において指導力を発揮された矢内昭二先生が3月に召されたことは、一時代の終わりを感じさせるできごとでした。
2015年10月に女性の教師・長老が認められるようになり、東部中会において5名の女性が長老として働きを始めています。信徒説教者として働いてきた木村恭子執事が教師候補者に登録され、教師試験にも合格したので、招聘があれば教師に任職されることになります。わたしは、研修所で昨年9月から『キリスト教は女性をどう見てきたか』(H.キュンク)をテキストにして講座「キリスト教徒女性」をはじめました。出席者は5名ほどですが、目を丸くすることがしばしばあります。教会が女性を警戒し、性を白眼視してきたことについて、これまで知る機会があまりありませんでしたが、改めて教えられています。今年は、宗教改革500年を記念する年でもありますが、キリスト教そのものを考えるよい機会になっています。
昨年は、3月に元安田直人教師に対する免職の戒規の執行、鈴木牧雄教師の湘南恩寵教会辞職(9月)と教師引退(11月)があり、信徒の方々は心を痛めたことと思います。鈴木先生は、通常より早く引退教師となったのであり、教師として中会や研修所での限定的な働きは続けます。しかし、わたし自身、教師・牧師の働きを問い直されました。
国立聖書教会との伝道協力は、昨年から第二段階に入っており、支援献金は80万円でした。今年は60万円。合同のキャンプと修養会、講壇交換などは互いに益するものでした。感謝いたします。

2917年1月1日説教

説教タイトル:わたしは道、真理、命
聖書箇所 :ヨハネによる福音書14:1~9


論 壇 道、真理、命であるキリスト (No,1)
新しい年がはじまりました。
昨年末には、ドイツにおいてクリスマス準備に賑わう市場にトラックによる暴走というテロがおこるなど、平和な世界にはほど遠いことが続きました。安倍首相は、真珠湾攻撃を記念する場所で寛容と和解の力を強調しました。わたしたちも、本当の意味で寛容と和解が実現することを熱心に祈らねばならないと思います。
東京教会では、年間聖句を掲げて教会生活の目標としています。今年は次の聖句を選びました。
「わたしは道であり、真理であり、命である。」
ヨハネ福音書14章6節
十字架の死を前にして、「イエスは、・・・心を騒がせ、断言された『はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている』」(ヨハネ13:21)と語りました。しかし、同じ席で弟子たちには「心を騒がせるな」といいます。
イエスにとって、十字架は、罪と死の力を受けねばならないゆえに心を騒がせずにはおられないできごとです。しかし、この苦難は、イエスを救い主と信じる者に永遠の命をもたらす救いのできごとであるので、弟子たちには「心を騒がせるな」と語ることができました。ただし、「心を騒がせるな」とは、単純な禁止命令ではありません。死を前にして心を騒がせる必要のない救いがはじまった、という喜ばしい宣言です。
身近な者が召されたり、自分自身の死を意識するとき、恐れや不安を感じることがあるかもしれません。けれども、聖書を読み、キリストの死と復活の意味を考えるとき、不安や恐れを乗り越えることができます。なぜなら、信仰者は、道、真理、命であると宣言したキリストに、信仰によって結びつけられているからです。
永遠の命に生きる者として、神と人に仕える一年を送りましょう。