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2017年4月30日説教

説教タイトル: 命を与えるイエス
聖書箇所  :ヨハネ福音書5:19~30

論 壇 日本での西暦、元号 (No,18)
日本ではキリスト紀年に西暦という訳語を当てて使用しています。日本は明治まで太陰暦による旧暦が使われていましたが、旧暦の明治5年12月3日を、西暦1873年1月1日すなわち明治6年1月1日とさだめることで太陽暦にあらため、年数の算定法を西洋諸国と一致させました。元禄15年12月15日の赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、西暦換算では1703年1月31日だそうですが、12月15日という日付がそのまま広く用いられています。
昭和、平成は元号あるいは年号と呼ぶ紀年法であり、年に平成など何らかの意味を持つ名前をつけて1年1年を認識するものです。これは、紀元前114年、前漢の武帝の時代に中国ではじまり広く東アジア全域に広がり、今も使用されています。日本では645年の「大化」という元号が最初です。また、1976年の元号法により公文書では使用が義務づけられました。
東アジアには、古代中国で生まれ、現在も広く使われている干支(えと)紀年法があります。日本でも「干支はイヌです。トラです」といういい方で残っており、年賀切手は毎年干支の図案です。これは十干(じっかん)甲乙丙丁戊己庚辛壬癸と十二支(じゅうにし)子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥を組み合わせて作る60年周期の紀年法です。この紀年法は東アジアで今も広く使われています。
中国では1949年にキリスト紀年を「公元」と称して採用し、それまで使用してきた「元号」を廃止しました。それゆえ今は干支紀年と公元と呼ぶキリスト紀年の二つが使用されています。
日本にはもう一つ神武天皇紀年法がありました。これは、『古事記』、『日本書紀』で最初の天皇とされる神武天皇が即位したと言われる紀元前660年を起算年とする紀年法です。皇紀とも呼ばれ、1873年から使用され、敗戦により終わりました。
紀年により年を数えることはとても人間的な行為です。

2017年4月23日説教

説教タイトル:起き上がりなさい
聖書箇所:ヨハネによる福音書5:1-18

論壇 キリスト前という発想
 キリストの誕生を紀元として年数を数えるキリスト紀年の画期的な点は、キリスト後(AD)何年よりも、キリスト前(BC)何年という数え方にあります。
紀元前753年から起算するローマ建国紀年、旧約聖書の天地創造(紀元前3761年あるいは紀元前4004年)から数える創世紀年、ムハンマドのメディナ到着(622年)から起算するヒジュラ紀年(イスラム年)など他の紀年法には、それより何年前という発想がありませんでした。
 歴史上のある年を基準点とし、それ以前に時を遡ることとそれ以降に時を進めるという時間のとらえ方は画期的でした。地質学の発達により、天地創造年以前(4004年以前)の時代があったことが発見されても対応可能であり、太陽系や宇宙の誕生も表記できます。それゆえ、近代科学でも使うことができました。この紀元前という数え方があったことは、画期的で便利な紀年法としてキリスト教世界以外の地域でも受入れる理由になりました。
 ただし、この紀元前という数え方は8世紀に提唱されたもので、ヨーロッパで広く受入れられたのは、フランスの神学者ボッシュエが1681年に『普遍史論』を出版した後だといわれています。それまでは、創世紀年とキリスト紀年とが並立して使用されており、紀元前については、創世○○年でこと足りていました。世界史上のできごとをキリスト紀年だけで書いたもの、すなわち創世紀年を用いずに書いた歴史年表は、1842年にロンドンで出版された『世界史一瞥』が最初だそうです。これは、世界の歴史を一つの時間軸で表記したという点で、世界史誕生につながるものでした。
 このキリスト紀年がどのようにキリスト教世界以外で受入れられていったのかは、各国の事情によります。日本には日本の事情があります。西洋各国により植民地化された地域ではこれが導入され、広く用いられるようになっていきました。

2017年4月16日説教

説教タイトル:イエスは復活した
聖書箇所:マタイによる福音書28:1-10

論壇 キリストの復活
 本日の礼拝はイエス・キリストの復活を特別に記念するイースター記念礼拝です。キリスト教は、イエスの教えとともに、キリストにおいて神がおこなった復活というできごとにわたしたちの救いを見いだします。
 新約聖書コリントの信徒への手紙一の15章では、キリストにある救いを福音と呼び、その中心的内容を「キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと」(4,5)と要約しています。そして、「キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です」(17-19)とも書いています。
 十字架で死んだイエスが三日後に復活した。この常識はずれで非科学的なことを、なぜクリスチャンは信じることができるのだろうか、と不思議に思う方もおられるでしょう。新約聖書のルカ福音書24章やヨハネ福音書19章などには、弟子たちも最初はキリストの復活がたわごとのように思われて受入れなかったことが書かれています。しかし、復活したイエスが現れて、信じない者から信じる者に変えられたことも描かれています。
 わたしたちは、復活したキリストを目で見ることはできませんが、聖書を読み、礼拝に出席することをとおして、キリストことが唯一の救い主であることを理解し、キリストの復活を受入れるように変えられてきます。この変化は、復活して今も生きているキリストの働きかけによることであると聖書は教えます。人が人を救えるのかという根本的な問を、聖書はわたしたちに突きつけ、同時に、キリストの死と復活による救いを提示します。

2017年4月9日説教

説教タイトル:我が神、なぜわたしを見捨てた
聖書箇所:マタイによる福音書27:32-56

今週の論壇はございません。

2017年4月2日説教

説教タイトル:お前は神の子キリストなのか
聖書箇所:マタイによる福音書26:57-68

論壇 グレゴリオ暦
 1年365日といいますが、今から5000年前に作られたアイルランドの遺跡、イギリスやペルーなどの遺跡などによると、古代から1年がおよそ365日と1/4日であることは知られていました。
それゆえ、先週の論壇に記したように、ローマ皇帝ユリウス・カイザルは、4年に一度、1年を366日とする閏年のあるユリウス暦を作りました(紀元前45年)。
 しかし、正確には太陽を地球が一周する時間は、365.25日なのではなく、365.2422日であり、ユリウス暦による1年より、約11分15秒短いのだそうです。11分15秒の違いはたいしたことではないように思えますが、約128年ごとに1日ずれることになります。
 教会は325年に、イースターを「ユリウス暦における3月21日の春分の日を過ぎた最初の満月に続く日曜日」と定めました。春分の日を3月21日に固定したために、しばらくはよかったのですが、128年ごとに1日、カレンダー上の春分の日(3月21日)と実際の春分とがずれることになり、16世紀半ばには3月21日の春分の日が、実際の春分より10日も早くなっていました。
 このズレを解消するため、教皇グレゴリウス13世が提唱し、今日一般に使用されているのがグレゴリオ暦です。これは、1582年10月4日(木)の翌日を10月15日(金)と定め、400年の間に閏年を3回減らすようにしたものです。ただし、このグレゴリオ暦においても、1年が365.2425日であり、実際より約26.821秒長くなっています。なお、地球が太陽を一周する時間は一定ではなく、毎年少しずつ短くなっているとのことです。
 地球が太陽の周りを回っていることは、近代になって認められたのであり、グレゴリウス13世は太陽が回っていると考えていました。今は、太陽も回転する銀河系の中にあることが知られています。わたしたちは時間と空間の中に生きていますが、人はこの時間と空間でさえ、ありのままに認識することが難しいのです。