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2017年5月28日説教

説教タイトル:わたしだ。恐れるな
聖書箇所:ヨハネによる福音書6:1-21

論壇 宗教改革についてⅠ
 本日の全員協議会では宗教改革について考えます。宗教改革は、16世紀、ローマ・カトリック教会が支配する西方ヨーロッパにおいて、プロテスタント教会が登場したことで、キリスト教のみならず社会全体に影響を及ぼすこととなったできごとです。
 1517年10月31日、宗教改革者マルティン・ルターがヴィッテベルクン城教会の扉に95カ条の提題を掲げたことで宗教改革がはじまったと言われます。それで今年が宗教改革500周年ということになります。宗教改革とは何であるかについては、常に議論の的であり、神学や教会の面だけでなく、社会学的な面からの研究も進んでいます。また、どの観点からとらえるかによって宗教改革についての理解と説明は異なってきます。
 信仰と神学の観点から考えると、父・子・聖霊からなる唯一の神という三位一体論における聖霊論の領域において主に論争がなされ、聖書の重要な教えが整理されることになりました。使徒信条の「我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、からだのよみがえり、永久の命を信ず」の部分です。ただし、聖霊を神と信じて礼拝することについてはカトリックもプロテスタントも違いはありませんでした。
 論争になったのは、聖霊の働きである「聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し」の部分です。救いを完成させる聖霊の働きが、プロテスタント信仰により刷新されることになりました。
 聖霊の主な働きは、キリストが成し遂げた救いを個々人と社会に適用することにあります。個々人の救いは教会の福音宣教において起るのですが、この教会とは何か、その組織はどうあるべきか、福音はカトリック教会の独占物か、礼典(カトリックでは秘蹟) とは何であるか、などについて激しく争いました。また、信仰義認の教理は、カトリックの教会論を否定することと表裏一体です。人の救いは、最も大切なことの一つですから、妥協することができず、徹底的に論じ、闘い、分裂することになりました。

2017年5月21日説教

説教タイトル:五つのパンと二匹の魚
聖書箇所:ヨハネによる福音書6:1-15

論壇 新しい翻訳聖書
 宗教改革500周年を記念して、日本聖書協会は新共同訳聖書にかわる新しい聖書翻訳事業を進めており、来年中に出版する予定です。
 6月8日の夜間神学講座では野島邦夫先生が、この翻訳作業と新しい聖書について講演をすることになっています。野島先生は、翻訳作業における日本語の検討を行う委員として加わっているので、貴重な話しが聞けるのではないかと思います。
 新約聖書についてはパイロット版が頒布されており、日本聖書協会は完成直前の翻訳について広く意見を求めています。
 新しい翻訳について二、三目立つ点を上げると、ロマ書16:7のこれまで「ユニアス」(男性名)と訳されていたものが「ユニア」(女性名)に変っています。これまでは男性の使徒ユニアスという理解でしたが、女性の使徒ユニアとも読めるようになります。
 「キリストへの信仰によって義とされる」と理解され、そのように訳されてきた箇所が「キリストの信実」に変更される箇所があります。「真実」ではなく「信実」です。「キリストへの信仰による」とは、人がキリストを信じるという意味であり、「キリストの信実」とは、キリストが信実な方であるという意味です。ロマ書3:22,25,とガラテヤ書2:16,16,20,3:22,23,23,24,25,26がこの意味の「信実」に変っています。ただし、ルターが信仰義認を発見したと言われるロマ1:17は「義人は信仰によって生きる」のままです。ロマ3:21~31においても上記二箇所以外はこれまで通り「信仰」のまま。ガラテヤ3:6~14も「信仰」のままであり、信じることで人が救われるという、信仰義認の教理が否定されるわけではありません。
 「兄弟たち」との呼びかけは、平仮名の「きょうだいたち」になっています。漢字では男性のみにも読めるので、平仮名にして男女の意味を表わすようにするということです。

2017年5月14日説教について

本日、諸事情により録音ができませんでした。申し訳ございません。
論壇のみ掲載させていただきます。

論壇 みことばと福音の回復
 11日の木曜日から研修所神学講座がはじまり、わたしが「宗教改革と聖書」という題で最初の講演をしました。
 宗教改革は神のことばと福音の回復であるといえます。神のことばの回復とは、①旧新約ともラテン語訳聖書がカトリックにとっての権威ある聖書でしたが、ヘブル語旧約原典・ギリシア語新約原典が権威ある聖書になったこと、②この原典にもとづいて各国語に聖書が翻訳されたこと、③それゆえ個人で聖書を読み、解釈する権利が主張されたこと、④礼拝が各国語で行われ、説教をわかることばで聞くことができるようになったこと。
 福音の回復とは、信仰義認の教理を中心にして聖書の教えが整理され、信条や教理問答において表明されたことによって、信徒も福音の内容を理解できるようになったことです。また、すべての者に信仰によるキリストとの結合が起ることが明確になったことで、信徒の位置づけも変りました。
 こうして、信徒個々人が福音を理解し、教会に支配されずに、隣人と自分自身のために判断する道が開かれました。
 この自立した信徒があらわれたことにより、教会のあり方が大きく変化しました。その一つは、一般の信徒が長老・執事となり、教師とともに教会役員として働きはじめたことです。これは、カトリックの司教と司祭に信徒が就くようなもので、劇的変化です。
カトリック教会においては、神学を修めた聖職者のみによってラエラルヒー(位階制組織)と呼ぶ聖職者集団が形成されました。この聖職者集団に真理と教導権が委ねられており、信徒には聞き従うことが求められました。これは、教える教会と聴従する教会という厳然とした区別のある、いわば二階建の教会です。
 聖書と福音が回復されたことは、教会と社会全体にさまざまな影響を与えました。

2017年5月7日説教

説教タイトル:神の子の声を聞く者は生きる
聖書箇所:ヨハネによる福音書5:19-30

論壇 カルヴァン神学入門
 東京教会会員矢内義顕兄訳による『カルヴァン神学入門』(G・プラスガー著 217頁 教文館)が4月30日に出版されました。
 「訳者あとがき」によると、著者G・プラスガーは、1960年ドイツに生まれ、現在ジーゲン大学プロテスタント神学の教授。アンセルムス研究に始まって、カルヴァン以外にも、改革派諸信条、カール・バルト、今日的神学課題について多くの研究を発表しています。
 カルヴァンについての研究書は、日本語で読めるものがいくつかありますが、カルヴァンの神学全体をきちんと扱ったものは、『カルヴァンの神学』(W・ニーゼル著 渡辺信夫訳 新教出版社 1960年)しかありません。また、今日までのカルヴァン研究を踏まえたうえで、『キリスト教綱要』にほぼ従った順序で、『綱要』以外の神学論文、信仰問答、聖書注解、講演、説教なども活用しているので、カルヴァン神学についての基本的文献になることでしょう。
 しかも、議論を戦わせるようにして書くのではなく、学問的成果を取り入れつつ、信徒にも読めるよう平易に書くことに努めているので、信徒から初学者まで読んで得るところが多いといえます。各会例会のテキストとして使うこともできます。
 14の神学項目を立てて全体をまとめています。また、各項目を取り扱う中で、仲保者であるキリストとの関連とその意義を明らかにしようとしています。
 Ⅰコリ15:47から、キリストを「第二のアダム」と呼ぶアダム=キリスト論が出てきます。これについて、「アダムが最初からキリストを視野に入れて理解されうるということは、創造それ自体が全体としてキリスト論的な観点からのみ見られるべきだということだ。・・・創造はキリストに向けてなされたのだ」(86頁)と書いて、カルヴァン神学における創造とキリストの関連を示しています。宗教改革500年記念に花を添える一冊です。